江戸の古民家で匠の技を見て聴く会&日本酒で語る会
葛城奈海
平成28年7月2日(土)、千葉県白井市にある築180年の古民家で、「江戸の古民家で匠の技を見て聴く会」を開催した。屋敷の主は、構造材に金属を使わない伝統的な工法で家を新築したり、古民家を再生したりしている古民家工房代表で当会理事の高橋義智。過日、その建築現場を取材し、そこに込められている技と精神に私自身が感銘を受けたこと、また、今回の会場となったご自宅に初めてお邪魔した折、そこに宿る「何者か」に見られている感が半端でなかったことから企画したものだ。
30度を超える蒸し暑い日だったが、高くて暗い屋根裏から真っ黒に煤けた梁に見下ろされる土間に入ると、涼やかな空気に包まれる。長い年月をかけて煤けた部材は虫にも強くなり材そのものの強度も増すこと、土間を意味する三和土(たたき)は土と石灰と苦りという三要素を混ぜたものであること、木は「水中乾燥」させることで中心部の水分が早く抜けること、石の上に柱を乗せただけの石場建てが実は地震の揺れを自ら揺れることで吸収したり、頭上の瓦を振り落とすことで倒壊を防いだりしていること等など、伝統建築の底力を感じさせる話がつづく。
次いで取り出したのは、組まれたものを見る限り、一体どうやってはまっているのかさっぱりわからない木組み。実物大では解説できないので、この日のためにと高橋がミニチュア版を作成・準備したものだ。首をひねる参加者たちにひとしきり見せた後、斜め45度から静かに叩いてバラしてみせると、参加者から思わず嘆息が漏れた。
つづいて鑿(のみ)、鉋(かんな)などずらりと並べられた高橋愛用の道具の説明。鉋で削った木のあまりの薄さに参加者からは歓声とともに思わず「お醤油かけたら食べられそう」、「ストッキングみたい」などと声が上がる。
最後に、色も目の粗さも多様な砥石をどう使い分け、メンテナンスするのか、包丁を研ぎながら実演。一同、匠の技とそこに込められている日本の心に感嘆しきりだった。
私自身が一番驚いたのは、この日に初顔合わせだったはずの参加者20名が、古民家の中ではまるで親類縁者のような雰囲気を漂わせていたこと。高橋の話にも、特に進行役の理事松村譲裕が呼びかけたわけでもないのに次々に質問が飛び出したし、副代表伊藤祐靖が腕を振るった「特殊部隊用の料理」での懇親会「日本酒で語る会」に至っては、風鈴の音が時折響く中、お盆に集まってきた親戚が酒と肴を楽しみつつ話に花を咲かせている…そんな寛いだ空気に、ついつい飲みすぎてしまった人も多かった模様。
高橋は言う。「戦前の日本では、何世代もが一つ屋根の下暮らす大家族が当たり前だった。人々は古民家に生まれ、節句を祝い、成人式、結婚式を行い、そして最後は家族に看取られながら土(自然)に帰った。神儀を行う晴の場でもあり、生活をする穢れの場でもあった古民家とは、技術的、叡知的なモノのほかに日本人の魂が詰まったタイムカプセル、生き証人だ」
これだけ味わい深く、神と人と自然が有機的に一体となった文化を受け継ぎながら、私たち日本人がそれに気付かずにいることのなんと惜しいことだろう。匠の技と美酒に酔いしれつつも、その底力を知るほどに、失われゆくものの大きさを改めて思わずにいられなかった。