やおよろずの森

私たちは、日本人が古来受け継いできた自然と人間が調和する社会を広め、後世に残すため、様々な活動を行う民間団体です。

産経新聞 葛城奈海 直球&曲球(平成29年)


神事に使われた日本の大麻

 19年ぶりとなる日本出身横綱の誕生に沸いた大相撲初場所。稀勢の里の横綱昇進に伴い、一門の若い力士たちが米ぬかまみれになりながら、綱の材料となる麻を揉んでいた光景は、記憶に新しい。あの麻が「大麻」だと聞けば、驚く人も多いのではなかろうか。明治以降に入ってきた丈の低い外来種と区別するため、在来の麻を「大麻」と呼ぶようになった。つまり、古来日本人の伝統文化や神事、生活を支えてきた麻は、すべからく大麻であったのだ。  繊維や種子の有用性に着目し、人にも環境にも優しい大麻の復権を求める動きが広がっている。一方で昨年は、鳥取県の栽培業者による違法所持のほか水を差すような事件も相次いだ。暴力団の資金源と生るような行為は許されない。猛省を促すものである。 この点を踏まえた上、疑問を呈したい。今年に入り「伊勢麻振興協会」が「国産大麻で伝統的な神事を継承する」ことを目的に申請していた栽培を、三重県が不許可にしたのだ。外国産などで賄えることや、盗難防止対策不十分が理由だという。盗難対策なら指導により改善できるし、神事用の麻を外国産で良しとするのはいかがなものか。 注連縄、鈴緒、幣など神道ではさまざまな場面で大麻を使っているが、その多くを近年、中国などからの輸入に頼っている。国内の栽培農家は、今や三十数軒。高齢化と後継者不足で存続が危ぶまれている。そんな中、同協会から麻の本場、栃木県鹿沼市の農家に派遣された若者は、厳しい研鑽を重ね、誇りを持って伊勢での栽培に備えていた。伝統の継承など不要と言うのも同然ではないか。  このほど、栃木県那須郡の大麻博物館から『大麻という農作物』という書籍が発行された。同書によれば大麻は「薬用型」「中間型」「繊維型」に分けられる、日本在来種は繊維型で向精神作用はほとんどなかった。「日本人の営みを支えてきた農作物」がなぜ「違法な薬物」というイメージになっていったか、全国各地でかつて、どれほど多用されていたかが説かれ、目を開かれる。多くの方に、ご一読いただきたい。
*産経新聞【直球&曲球】29/ 2/ 1より

新年に思う「祭りの力」

 心躍らせる太鼓囃子(ばやし)の音に乗って、10トンを越える勇壮な山車6台が曳き回される秩父夜祭。平成28年は、大祭の12月3日当日が土曜だった上に、直前にユネスコ無形文化遺産の登録が決まり、40万人近い人出でにぎわった。
 春のお田植祭で武甲山から降り、里に五穀豊穣をもたらした龍神様が、再び武甲山へ帰る。その恵みに感謝する秩父神社の例大祭である秩父夜祭は、形を変えた新嘗祭でもあり、すべては神事を中心に進行していく。
 豪華絢爛な彫り物に彩られた山車は、私が目の当たりにした中近(なかちか)町会でいうと、1400の部材にばらして保管され、祭りごとに男達が総出で組み立てる。釘などは使わず、伝統的な木組みの工法が継承されている理由は「金属を使うと、曳き回しの揺れと重さに堪えられないから」。 「太鼓ならし」と呼ばれるお囃子の練習にも立ち会った。大太鼓1、小太鼓6台を1時間ほど打ち鳴らし続ける。渾身の力でバチを振り下ろす大太鼓は1分ほどで、小太鼓は10分ほどで交代していくのだが、全体としてはまったく切れ目なく、ひとつの有機体として躍動し続ける。血湧き肉躍らせる響きと、叩き手の男っぷりにほれぼれしただけに、本番で彼らの姿が山車のおなかにすっぽり納まってしまったのには驚嘆した。「われわれはF1でいうならエンジン」と、そこに美学を感じているところが、また粋ではないか!
 昼間は扇、夜は提灯を振って「ホーリャイ」と掛け声をかけ、山車の顔となるのが、「囃子子(こ)」と呼ばれる4人衆だ。長年地域のために貢献したと認められた者だけが就ける、一生に一度きりの栄誉だという。
 「秩父の誇り」「毎年このために生きている」と熱っぽく夜祭を語る人々を見て思った。これで郷土への愛着や団結心が生まれないわけがない。これぞ地域共同体の力の源であろう。だからこそ、東日本大震災で家々もお社もすべてが流されてしまった地域で「何をおいてもお祭りの復活を!」という声が沸き起こったに違いない。
 新しい年が明けた。私は、祭りに日本の底力の原点を見た思いで魂が震えた。
*産経新聞【直球&曲球】29/ 1/ 5より

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